「私と金バッヂ」 その1:埼玉県革命委員会主任の場合

 皆さんからの投稿を掲載する前に、まず私の話を記しておきたいと思います。

 そもそも、私は中国の文化大革命に関心を寄せていて、毛沢東バッヂをはじめ、中国関連バッヂは数え切れないほど持っています。そんな私が北朝鮮の金日成バッヂに関心を持つのはごく自然ななりゆきでした。その存在は広く知られていたものの、実際どんなものか興味は尽きず、ニセモノは目にしたことがありましたが、ホンモノに出会う日を夢見ていました。
 初めてホンモノの金日成バッヂを目にしたのは、1994年冬のことでした。中国を旅行中、遼寧省の省都、瀋陽を歩いていたときのことです。瀋陽は中国東北地方で最大の都市で、かつ多くの朝鮮族が住んでおり、朝鮮族用商店などが多く建ち並んでいました。物珍しさから、そうした朝鮮族街を歩いていたとき、ある大きなデパートの前を、スーツを着た数人の男たちとすれ違いました。その瞬間、彼ら全員の胸に光っていたのが金日成バッヂだと気づきました。もともと関心のあった金日成バッヂの発見には大いに興奮したものです。「もっと近くで見たい!」と熱望したものの、やはり一種近づきがたい雰囲気にずうずうしく接近することもできず、やっと遠目にちらちら見ることができただけでした。
 これがファーストコンタクトです。

 やっと実物を手にすることができたのは、翌1995年でした。私の友人のその友人の中国人留学生が中国遼寧省の丹東の出身だったのです。丹東といえば、北朝鮮と鴨緑江を挟んで向き合う国境の町。彼に聞いたところ、そこでは金日成バッヂが手にはいるというのです。私は彼に、帰省したときぜひ買ってきて欲しい、と頼み込みました。すると、彼は約束どおり、帰省から帰ってくると2つの金日成バッヂを私にくれました(これこれ)。予想より小さく、見たことのないタイプでしたが、さんざん毛沢東バッヂなどを数多く見てきた経験のおかげで、その作りが中国製とはまったく異なるものであることがすぐに分かりました。ソ連製とも、日本製とも違う。そのため、初めて見るバッヂではありましたが、「これはホンモノだ」と直感しました。嬉しかったですね。
 さらに、北朝鮮パックツアーに参加した別の友人からが、なんと党旗型の金日成バッヂ(画像右上のバッヂ)を私に買ってきてくれたのです!あの当時、党旗型バッヂを手に入れることができるなど思っても見なかった私のこと、どれほど喜んだかしれません。
 どうやって手に入れたのかときけば、大胆にも北朝鮮ガイドの人から交渉して売ってもらったのだということでした。結局、いくらで買ったのかとたずねましたが、教えてくれませんでした。もちろん代金も請求されませんでした。旅行のおみやげで、これほど嬉しいものをもらったことはありませんでした。

 さて、本業である中国バッヂの収集のため(バッヂだけではないが)、毎年中国を訪れているうち、次第に北朝鮮関連のモノも手にはいるようになり、自然と金日成バッヂも入手できるようになってきました。コレクションがどんどん増えていくようになりました。その一方で、ニセモノも次第に多くなっていることに気がつきました。
 ある時、北京でなじみの骨董店で、見慣れぬバッヂを目にしました。金メッキ銅製で軍服を着た男の横顔・・・「これは誰?」と店主に尋ねると、「金日成だよ」。
 よく見ると、確かに金日成の特徴をよく捉えていて、間違いないと感じました。このバッヂ(画像)を手にしたことから、今北朝鮮で出回っているアルミ製のバッヂ以前にも金日成バッヂが存在していたことを知りました。今ではこうした古いタイプのバッヂの方が自分の好みに合っていると思っています。また、この種のバッヂに関しては、今まで断片的な情報しかなく、まったく空白の領域であります。これだけ金日成バッヂの存在がメジャーになってきたというのに、こうした歴史的な存在がまったく空白でよいのか、と感じています。

 以下、このサイトの経緯についてちょっとまとめてみます。
 若干の紆余曲折を経て、2001年6月、当サイト「金日成バッヂの世界 〜The World of Kim Il-Sung Pins〜」が開設しました。
 当初の予定では、あくまで単に金日成バッヂの実物を多くの人に見てもらおう、という趣旨でした。いわば、バッヂのカタログ的なサイトです。ずらりと揃ったバッヂを眺めるのは壮観だし、きっと楽しいだろうと。それに、バッヂを詳細に眺めているといろんな発見があったので、それをまとめてみたいと思ったのです。
 ところが、そんな当初の計画を大きく変えた存在がありました。もはやいうまでもないかもしれませんが、「恵谷治本」(笑)です。
 特に、「北朝鮮解体新書」(1997、小学館)に掲載された「金日成&金正日バッジコレクション」での記述は、多方面で引用され、金日成バッヂのイメージを世間に広めたことで、影響は大きかった。前にも書いたが、この「コレクション」は、当時これだけの種類をビジュアルで見せた企画はなかっただけに斬新で、実は私も最初「SAPIO誌」(小林よしのりや落合信彦の連載がある扶桑社の「国際情報」誌(笑)です)上に掲載されたときは、相当インパクトがあった。こんなにたくさんの種類があることを示したという点で、意義は大きかったと、私は大きく評価している。ただ、思いこみやウワサに基づく不正確な記述は、コレクターとしてはどうしても黙って看過する気になれず、反論を掲載しました。
 ところが、いちいち書いているときりがないのだが、恵谷本を下敷きにしたマスコミでの記載が目立つようになり、それらを取り上げて検証するようになってしまいました。折しも、北朝鮮不審船事件(2001年12月22日発生)、日本人拉致被害者帰国(2002年10月15日)など、新聞の1面トップを飾る事件が起こったのに伴い、北朝鮮時事ネタがマスコミに取り上げられ、その中には多くの金日成バッヂについての記述があったのです。

 ニュースで取り上げられた金日成バッヂは多くの人の関心を呼び、ネットオークションやマニア向け個人商店で金日成バッヂが売りに出されることが増えました。ところが、その中には当然多くのニセモノが混じっていました。初心者がニセモノに引っかかることも多かったでしょう。そこで、当サイトでは「真贋の見分け方」も掲載することとしました。当方に寄せられた感想メールを見ると、この企画はかなり好評であったようです。
 
 最近ではすっかりサイトに掲載することを目的にコレクションを増やしたり、新聞・雑誌に目を通すことが多くなりました。どうも本末転倒な行動といわざるを得ませんが、これもまた趣味レベルの向上のタマモノ。しかし、サイトを開いてつくづくよかったと思うのは、未知の方と情報交換できたこと、掲載する情報を考えるために、より多くの知識が増えたことです。今後も愉しみながらサイトの発展を図っていきたいと思っています。