さまざまな金日成肖像

 金日成バッヂに見られる肖像には、すでに見てきたように時代やバッヂの種類によって様々なものが用いられている。したがって、肖像の種類から、そのバッヂの製作時期をある程度は推定できると考えられる。そこで、金日成の写真を調べることにした。だが、バッヂに用いられている肖像は、レリーフタイプのバッヂでは、ソ連のレーニンバッヂや中国の毛沢東バッヂに倣ってか、左側面像である。バッヂの肖像そのものの写真があるわけではないので、似ているものから類推するほかない。
 金日成の写真は無数に残されており、その中から肖像写真として用いられているものを拾い出し、ここに掲載した。ただの写真ではなく、「肖像」としてポスターや絵画に広く用いられているものにはどのような写真があるのか、改めて注視してみたい。
 それにしても、バッヂの肖像が右向きだったり左向きだったりするのはなぜだろう?その理由は今もって不明である。

1945年頃。「民族の太陽、金日成将軍」 1946年10月16日。「最初の民主選挙を祝う金日成主席」
左後の肖像に注目。
1940年代末。朝鮮戦争時代にも掲げられていた肖像。 時期不明。「チョソン人民軍最高司令官金日成元帥」
元帥服姿の金日成。髪をピッタリとオールバックに撫でつけ、元帥徽章を喉下に、左胸に金星奬章を佩用。金星奬章が制定されたのは1950年6月なので、それ以降の肖像であることは確実だ。
1951年11月1日。「チョソン労働党中央委員会第4回総会で報告を行う金日成主席」
後ろの肖像にも注目。
1961年9月11日。「チョソン労働党中央委員会第4回大会で活動報告を行う金日成主席」
60年代?洋服姿の肖像。 もっともポピュラーな肖像。 晩年の金日成主席。


バッヂに用いられている肖像


もっともポピュラーな人民服肖像。
やや左向きで視線は上方を向いている。
上で示した肖像と、なぜバッヂが左右反転しているのか。ナゾである。

身体はやや右向き、顔は正面を向いた肖像。

1の肖像の服違い。髪型も全く同じようだ。
ネクタイは青みがかった灰色。

右向き洋服肖像。
3に比べて、ネクタイが黒みがかった灰色である。