金日成バッヂ、真贋の見分け方
金日成バッヂに関心を持つすべての人がよく知っているとおり、金バッヂには多くのニセモノが存在する。日本国内で見られる金バッヂの大半がニセモノといっていい。ニセモノは中国で制作されているとされている。ニセ金バッヂの出現は、最近始まったものではなく、私が知る限り、80年代末にはすでに登場していた。2002年頃から金正日バッヂにも大量のニセモノが登場し、親子バッヂのニセモノも猖獗を極めている(ただし、金正日バッヂのニセモノも10年以上前からすでにあった)。今、私の手元には7種類ほどのニセモノがある。
北朝鮮への関心が急速に高まったここ数年、北朝鮮のシンボルとも言える金日成(金正日)バッヂの関心も強まったものの、その結果としてニセモノをつかまされ、くやしい思いをした人も多かったであろう。ちなみに、2003年末、某所では、あからさまに出来の悪い金親子バッヂが12,000円もの値で売られていた。売っていた人にさりげなく聞くと、「ホンモノですよ!超レア物ですよ!」。私は「すごいですねー」と言って立ち去った。確かに値段だけはすごかった。あんなニセモノ、たとえ金をもらってもほしくない。
このサイトは、北朝鮮の金バッヂについて正しい知識を広めるという目的で開設されており、真贋の判定についても言及するのもひとつの使命であろう。また、ニセモノの特徴を詳しく検証することは、ホンモノの特徴をハッキリと認識することでもある。
「アームズマガジン」(2003年8月号)というミリタリー雑誌に、金バッヂの真贋についての小さなコラムが掲載されたのを見た人もいるだろう。だが、文章も短い上、写真もごく小さく、「わかりづらかった」という感想を持った人が多かったようだ。ただ、金バッヂの真贋について解説されたものを見たのはこれが始めてである。その意味では評価できるが、残念ながら内容は質・量ともいささか不満であった。
そこで、ここではできるだけ細かくホンモノとニセモノの違いを解説しよう。もっともよく見られるニセモノ2種類をとりあげ、細部を検証してみよう。
サンプル1:モクラン飾りのついた円形バッヂ
![]() サンプル1 表面(左:ホンモノ、右:ニセモノ) |
まず表面から。一見してわかるとおり、肖像が全然違う。ニセモノは、ホンモノをカラーコピーされたかのように細部が不鮮明である。
顔の細部が塗りつぶされたようになっている。特に、目、眉、口元、髪など。人民服も真っ黒につぶれてしまい、折り襟の輪郭もまったくわからない。ホンモノでは、ボタンまで見て取れる。
また、ニセモノは肖像の上に厚く樹脂を盛った作りになっているので、表面の光沢が妙にぴかぴかしていて、とても硬い。上の方に、肖像を描いたプレートと、透明樹脂が剥離した部分が見られる。
下部のモクレンのレリーフは、拡大してみても、わりとよくできているといえる。が、よく見るとモクレンの花弁のあたりがやや異なる。全体にホンモノのほうが立体感に富み彫りが深く、ニセモノのほうはやや平板な感じだ。
![]() 下部のモクレン飾りの拡大(左:ホンモノ、右:ニセモノ) |
次に、裏面を検証しよう。
実は、バッヂの真贋を見極める上で重要なのは表面ではなく裏面である。ホンモノとニセモノでは製造手法が異なる。表面的にはいくら似せることができても、製造方法が異なる以上、構造がまったく同じになることはあり得ない。その違いが出るのが裏面の構造なのである。
サンプル1 裏面(左:ホンモノ、右:ニセモノ) |
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サンプル1 裏面拡大(ホンモノ) |
(ニセモノ) |
| ツブツブのひとつひとつが不明瞭である。 | ツブツブがハッキリわかる。擦ったような跡も ハッキリ見て取れる。 |
注意したいのは、裏面の穴である。ここに示したサンプルでは、ホンモノではピン留めの突起の間に穴があいており、ニセモノにはない。だが、ホンモノのバッヂの中にも穴のないものがあったり、ニセモノでも穴のあるものがあったりするので、その点を真贋の判定基準にはならない。
次にザラザラしたパターンを拡大してみる。他のニセモノの例でもそうだが、ニセモノはホンモノに似せようと意識して作られていることがわかる。
ホンモノでは、ツブツブのパターンが不明瞭で、全体にボヤーッと雲のように浮かび上がっているのに比べ、ニセモノではツブツブのひとつひとつが明瞭で、それをカモフラージュするためか、中央から縁に向かって擦ったような跡が見える。
そして、なにより重要なのが、ピン留めのツクリである。これについては、すべての北朝鮮バッヂに共通する重要な部分なので、詳しく解説しよう。
バッヂは服に固定するため、安全ピン型のピンを通す部分が必ずある。その方法は様々だが、北朝鮮バッヂはかなり特徴的である。北朝鮮では国の機関が一元的にすべての金バッヂを制作しているため、同じ特徴が他のバッヂにも共通しているのであろう。
【最重要ポイントはここ】 ↓↓
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ホンモノの裏面拡大。 ピンを通す部分、上と下の2つの突起を、真ん中に向かって押しつぶしたようになっているのがわかる。従って、2つの突起が合わさった部分にはつぶしたときに生じる擦り跡と、合わせ目が見える。 劣化したバッヂでは合わせ目がだんだん開いてきたように見えるバッヂも多い。 |
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ニセモノ、裏面拡大。 単に2つの突起に穴を開け、ピンを通しただけ。ホンモノの特徴とはまったく異なる。 |
サンプル2:党旗型バッヂ
![]() サンプル2 表面(左:ホンモノ、右:ニセモノ) |
まず表面。サンプル1ほどひどくはないにせよ、やはりニセモノは、ホンモノをカラーコピーされたかのように、目、眉、口などの細部が不鮮明だ。
色も濁っており、なんだか汚い印象を受ける。赤地の部分にはペカペカした光沢があり、全然色が違う。
ホンモノは、表面がやや盛り上がっているのに比べ、ニセモノは肖像の上に平らに樹脂を盛った作りで、ホンモノのような盛り上がりがない。肖像を描いたプレートと、透明樹脂が剥離した部分が見られ、空気が入り込んでしまっている。構造上の宿命といえよう。ニセモノの表面は、やはりカチカチのツルツル。爪を軽く押しあててみると違いは一目瞭然である。
![]() サンプル2 裏面(左:ホンモノ、右:ニセモノ) |
![]() サンプル2 裏面拡大(左:ホンモノ、右:ニセモノ) |
裏面の特徴も、サンプル1と共通している。ちなみに、サンプル2ではホンモノ・ニセモノともに大きさは違うものの、穴があいている。
ツブツブのパターンも、ニセモノは平らな板を点々と打っていったような跡が見られる。
【最重要ポイントはここ】 ↓↓
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| ホンモノの裏面拡大。 ピンを通す部分、上と下の2つの突起を、真ん中に向かって押しつぶしたようになっているのがわかる。 |
ニセモノ、裏面拡大。 単に2つの突起に穴を開け、ピンを通しただけ。 |
突起の構造もまったく同じ。画像のとおりである。
まとめ:金日成バッヂの真贋を見分ける方法
| 【表面】 | |
| @ 肖像は鮮明か。人民服の襟など、細部の輪郭はどうか。 | |
| A 透明樹脂が剥離したように見える部分はないか。 | |
| B 表面はどうか。爪で軽く押してみると、少し食い込む感じがするのがホンモノ(注意:強く押しすぎると傷が付きます!体験済)。 反対に、どんなに押してもびくともせず、ただツルツル滑るのがニセモノ。 |
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| 【裏面】 | |
| C ピンを通す突起部のツクリはどうか。突起に穴を開けたツクリはニセモノ(最重要ポイント!)。 | |
| D 裏面のツブツブ・パターンはどうか。ツブツブのひとつひとつが明瞭に見て取れるものはニセモノ。ホンモノは不明瞭。 |
余談 〜果てしない、ニセモノとの闘い〜
困ったことに、骨董業界には真贋を見極める方法についての神話がある。いわく、「ひたすらホンモノを見よ。そうすればニセモノと見分ける目はおのずとできる」と。困ったことに、この種の格言を鵜呑みにする人は少なくない。こういうことを平然と言ってすましている業者には、プロとしての資格を疑う。彼らはこんなことも言う。「この色の深み、深遠な宇宙を思わせる名品」「この優美きわまる絶妙な曲線はまさに芸術。ホンモノならではの雰囲気」。
えてして彼らは、商品を具体的な情報は一切語らずに情緒的・詩的に表現することに長けていて、そのような非日常的な語りを聞き慣れていないシロウトの客は、ついつい巧みな弁舌に騙されてしまう、ということになる。
考えてみれば、おかしいのだ。「ひたすらホンモノを見よ」といわれても、ホンモノとニセモノが入り乱れた環境で、困惑している者はいったいどうすりゃいい? そもそも、ホンモノっていっても、どれがそうなの??
客がプロの業者に求めるのは、「これがホンモノかどうか」という証拠つきの説明である。「ホンモノの特徴はこうで、ニセモノはこうなっている。だからこれはホンモノだ(あるいは、ニセモノだ)」ということを、比較を交えて、判断の根拠を説明して欲しいのである。ルーペを使って観察するだけでも、ただ眺めているだけよりも多くの情報が得られるものである。
が、多くの業者はそんなことは言わない。実際は、知識がないので言えないのだろう。で、前述のような深遠なる宇宙がどうの、優美きわまる曲線がどうの、などというしょうもないことを言って逃げる。さも深い意味のありげなことを言ってごまかす。そんなものどんなに長時間語ってもらっても、得られる情報はゼロである。
その結果は推して知るべしである。説明できないということは、要するに、わからないということに等しいからだ。
ではどうすればいいか。そもそも、王道なんてないんである。ニセモノに騙され、くやしい思いをしながら、くじけずに多くのブツにトライして、みずからの手でみずからを鍛えるしかないんである。多くのモノに当たることによって、初めは気がつかなかった違いが段々と見えてきて、かつ一見無関係の複数の情報でそれが裏打ちされ、確実性が増していく。信頼するに足る書物や人に出会うこともある。それでも「信頼するに足る」かどうかは、結局はそれまで積んできたみずからの体験で判断するしかない。この男の言っていることには納得できる、この本に書いてあることは実感として理解できる、と。
まあ所詮、私が相手にするのはバッヂである。高いといっても身代をつぶすことは、あまりないだろう(たぶん)。が、骨董でも美術品でも、基本は同じである。我々が生きているのは生き馬の目を抜く、混沌の人の世界なんだから。
要するに泥にまみれて格闘するしかないってことだ。それでいいのよ。どうせ好きでやってんだし。