拉致被害者家族5人、ついに帰国!・・・その胸に光る赤いもの
2004年5月22日、土曜日の夕方の新宿は、季節はずれの寒気に見舞われながら、多くの人が行き交っていた。私も週末の開放感を味わいながら、雨上がりの街を歩いていた、その時である。街頭に人だかりがしているので、何事かと近寄ってみると、道に面して設置された大型テレビである。のぞき込むと、まさに2度目の訪朝の結果について、小泉首相が会見を行っているところであった。画面には、「拉致被害者家族、5人帰国」という文字が見えた。
興味津々にテレビをのぞき込む人だかりに、人々の北朝鮮拉致事件への関心の高さは、私の想像を超えたものであるのを感じた。
突然の首相の北朝鮮への再訪朝。当初の予定では6月下旬であったといわれている。だが、首相みずからを含む国会議員の年金未納問題などでゴタつく国内政局を打開するために、あえて突如の訪朝に打って出た、のだろうか。日本政府が拉致問題の打開を図るため首相訪朝というカードを切ったのか、それとも日本政府の方が北朝鮮というカードを必要としたのか。
そのような事情はどうあれ、その日の夜、10時過ぎに拉致被害者家族である5人の青年が羽田空港に降り立った。赤いバッジを胸に光らせて。
思えば、2002年10月15日の拉致被害者自身の帰国から1年7か月、全員ではないにせよ、家族の再会が果たされることとなったのであった。
・・・と、まあ、以上ががイントロである。
では、彼らのつけていたバッジに注目しよう。それこそがこのサイトの関心であり、果たすべき役割であろう。
では、5月24日の新聞総まくりである。拉致被害者自身の帰国の時と比べると、バッジについての記述は圧倒的に少ないことに気づくが、それでも蓮池氏親子のやりとりについての記事が目をひいた。それは、北朝鮮しか知らない子どもを日本に迎える親心が察せられるエピソードであった。
『子供たちが胸につけている金日成バッジは「非常に立派なもの」。薫さんが帰国の際につけていたバッジより数段上のクラスで、「弟に自慢していた」』
と蓮池薫氏の兄、透氏の談話を掲載したのは東京新聞。
数段立派なバッジ・・・どんなバッジか、実に気になるところである。このことについては、あとで詳述する。
朝日新聞も、蓮池氏親子のこのやりとりを取り上げている。
『2人が胸につけている金日成バッジ。「いいのをしているな」「新しいのだよ」そう言い合ったが、外せとはまだ言えない』
子どものこれからの行き方を案じる気持ちが伝わる。急には変えられないのは当然だ。だが、早く、1日も早く日本に適応してほしい、と心配する親心が察せられる。
産経新聞は、私の見たなかで、5月24日付新聞の中では唯一、『バッジを父に自慢』と「バッジ」という語を見出しに掲げた。さすがだ(笑)。
『薫さんが、胸につけたバッジを冗談半分に「いいの着けているなあ」と冷やかすと、克也さんは「新しく出たバッジなんだ」と自慢した。透さんによると、子どもたちのバッジは「非常に立派なもので、弟(薫さん)のよりも数段上のクラスのもの」という』
と、こちらも子どもたちのつけているバッジの高級さを強調する。
夕刊フジ。
『「総理と同じジュースを飲んでもいいのか」克也さんは23日朝、戸惑いながら薫さんにそう尋ねたという。薫さんは「日本とはそういう国だ」と説明したが、克也さんは胸のバッジを「新しく出たバッジだ」と自慢していたほどで、独裁国家の北朝鮮では考えられないことだった』
と、北朝鮮の異様さと、それにどっぷり浸かってきた子どもたちの様子を強調する論調である。
日本経済新聞(5月24日夕刊)は、
『子どもたちは帰国後も北朝鮮国旗をあしらったバッジを外していないが、蓮池さん、地村さんとも「強制的に外すことはしない」と口をそろえる』
彼らのつけていたのは、北朝鮮国旗をあしらったバッジではないことは一目してわかる。青赤白の横縞バッジではないことは遠目にも明らかである。金日成 バッジではなく、国旗バッジと思ったのだろうか?
ところで、時事通信はインターネット版で次のように興味深いニュースを伝えている。
『地村保志さん(48)の父、保さん(77)は24日夜、保志さんの子供3人が胸に着けている北朝鮮のバッジは4日ほど前にもらったものと話していることを明らかにした。幹部用のものとみられ、子供たちはそのバッジをもらうまでは、別のバッジを着けていたという』
なぜ新たにバッジを支給したのかはナゾであるが、北朝鮮の代表として日本に送り出した意図を感じる。では、実際にはどうだったのか、これは写真を検証するほかない。
新聞各紙に掲載された写真を見、テレビの実況にかじりついて目をこらした結果、5人のつけているバッジは少なくとも2種類あることが判明した。下の画像を見てほしい。
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| 地村氏の長女ががつけていたバッジ。 全体に真っ赤であり、白い円がない。 |
左の写真とバッジと同型と推測される金日成バッジ。 | |
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| 地村氏の長男のバッジ。 白い円内に肖像が見える。 |
左の写真とバッジと同型と推測される金日成バッジ |
写真は小さくて不鮮明であるが、この2つは明らかに異なる。
地村氏長女のつけているのは、全体が赤いバッジであり、普通のバッジにあるはずの肖像部の周りに見える白い円が見えず、肖像部を除くとは全部赤地である。また、肖像の胸元が白く見えることから、背広姿であることがわかる。このタイプのバッジは相当限定することができる。現在で回っている新タイプの金日成タイプ、これである(画像右側)。
しかし、一方で、地村氏長男のバッジは、これまでも数多く普及している党旗型金日成バッジである。2002年秋に拉致被害者5人(今回の5人の父母)がつけていたのと同じものだ。
時事新聞によれば、祖父である地村保志氏は、彼らは帰国4日前に幹部用と見られるバッジをもらい、普段のバッジの代わりにそれをつけて帰国した、と語っている。
しかし、ここで示したように、地村氏の長男と長女のバッジは別の種類だ。どういうことだろうか。
@全員が同じ新しいバッジもらったが、実際には新しいバッジを使用しなかった者がいる。
A帰国に際して、バッジをもらった者と、もらわなかった者がいる。
B全員に同じバッジが支給されなかった。
いくら考えても想像の域を出ないが、3つの可能性をあえて考えてみた。
未知の国、日本への移住・・・。そんな時、北朝鮮当局から、全員に新たにバッジを支給されれば、それは「これをつけて行け」という指示を意味する。当局としては、行けば日本中の注目の的になる彼らの身だしなみにまで配慮するはずである。もちろんバッジの支給はそのためだ。したがって、全員が新たなバッジをもらっていれば、それをつけないという選択肢がありうるのかという疑問が残る。
だから私としては、@の可能性は低いと見る。AかBではないかと思うのだが、バッジを与えるか与えないか、またどのバッジを誰に与えるかの線引きの基準が、まったくわからない。たまたまもらった(もらわなかった)、あるいは、たまたまあるタイプのバッジをもらっただけのことで、特に意図はないのかもしれないが、意図せずにそのようなことをするのも不自然な気もする。今後の情報を待ちたい。
蓮池氏親子の会話からして、2002年10月以前には、蓮池家の人たちが新しいタイプのバッジ(全体が赤い金日成バッジ)を持っていなかったのは明らかである。さらに、蓮池氏長男(克也氏)は「新しく出たバッジだ」と語っており、それ以降に出回ったものであることがうかがえる。
ほかのページでも書いたが、従来、金日成バッジは、壮年期の肖像が用いられていた。口元を引き締め、前方を見据えた意志の強そうな肖像である。
それが、つい最近、異なるタイプのバッジが見られるようになった。老年顔の金日成バッジである。そして、その顔は以前のように厳しく引き締まった表情ではなく、愉快そうに微笑む、にこやかな顔だった。
1994年7月8日の金日成の逝去から、まもなく10年が経とうとしている。私は、この笑顔の老人=金日成のバッジを見たとき、金日成がようやく過去の存在となりつつあるのを感じたものだ。
もうひとつの疑問がある。
「薫氏のつけていたバッジより数段高級」云々という話である。本当だろうか。
話題にされているのは、前述の真っ赤な金日成バッジであるとすると、これは少し不思議である。なぜなら、このバッジは、現在かなり相当の量が流通していると見られるからである。私の手元にも、すでに同じバッジが数個転がっているくらいだ(念のため言っておくが、疑いのないホンモノである)。
ここでは、安易に、彼らのつけているのが高級でごく一部の幹部しか持っていないバッジだと決めつけることは避けたい(そのように決めつけたがる人が極めて多い)。新しいタイプのバッジは上級から支給されることは当然で、それが被害者家族クラスの人々まで達していなかっただけの可能性も高い。北朝鮮のある公式サイトで堂々と勲章が販売されていたいたことは、コレクター業界では周知のことである。そのような状況を考えると、新タイプのバッジも北朝鮮国内に普及するより先に、ある筋から大量に海外に流出したとしてもまったく不思議ではない。
ところで、テレビで、ちょっと印象的な会見を見た。
拉致被害者である地村氏は、24日の記者会見で、子どもたちのつけているバッジについて問われ、「子どもの気持ちは僕の帰国の時と一緒だろうし、外せと言えば、反感があるかもしれない。まだ、直接は言っていない」、と語った。蓮池氏も、「北朝鮮のバッジを外したらどうか、と言うつもりはあるか?」の質問に、「全然ない」と答えた。どの親にも共通する思いであるようだ。
ところで、気がついた人は少なかったかもしれないが、私は聞き逃さなかった。地村氏が「バッジ」と言おうとして、一瞬、「しょ・・・」と言ったのを。そう、北朝鮮では金日成バッジの呼称は「肖像バッジ」なのである。
報道では「家族5人帰国」などと書かれているが、彼らにとって日本はまったく初めての異国である。
だが、これは「帰国」なのか?
その不安定な気持ちがある限り、彼らはまだあのバッジをつけ続けるであろうが、日本への違和感を払拭したとき、いつの日か自然とバッジは胸から消えるだろうと思う。彼らは若く、新しい日本の環境にも急速になじむはずだ。
最後になるが、今回の金正日総書記は、バッジをつけない姿で小泉首相と面会した(通訳氏は、今回話題にした新タイプの全面赤のバッジをつけていた)。このことは覚えておいてよいと思う。もう金正日総書記は、父のバッジを身に帯びなくなったのだろうか。
今後の情報に期待する。
(2004年5月25日)