金日成バッジを外した拉致被害者をめぐる報道の数々

  2002年10月15日、拉致被害者5人が帰国して2か月あまり。彼らが胸に着けた小さなバッジを巡って様々な報道が行われたことは、このサイトでも折に触れて紹介してきた。
 被害家族の意向や世論の高まりを受けて、日本政府は彼らを北朝鮮に返還しない方針を表明。北朝鮮側は「約束違反だ」と反発したものの日本側は妥協せず、5人は日本にとどまることとなった。
 そして12月19日、新潟市内のホテルで5人が集まって会見を開いた。
 彼らの胸からは、金日成バッジが消えていた。

 では、19日夕刊、20日朝刊各紙の報道を見てみよう。 


 朝日新聞は、バッジをどうするか、拉致被害者5人の間で話し合いがあったことを紹介した。
『地村保志さんによると、約2カ月ぶりに再会した5人は、「金日成バッジ」をこれからもつけるのか外すのか、話し合ったという。
 結論は「各自の意思で、外すなら外そう」。5人で決めたのではなく、自分の意思で自由にしようということだった。』
『蓮池薫さんは「日本で子供を待つという意思を再確認した。(こういう状況では)朝鮮公民としての義務、権利を全うできない。バッジをつけている意味がなくなった」と理由を話した。
 一方で「決して北(北朝鮮)に対する敵対的、政治的意図とは違う」とも付け加えた。また「日本にとどまる決心をした以上、バッジをつけることは向こう側にも失礼になる」と言った。』

 この2か月、彼らが胸に着けたバッジに、多くの日本人が違和感を感じた。彼ら自身、その視線には気づいているだろう。「洗脳されているのだ」、とか、「北朝鮮に忠誠を誓っている証拠だ」とまでいう人もいた。
 家族を北朝鮮に残す彼らは、北朝鮮におおっぴらに敵対する行動をとることはできない。これまで公式の場でバッジをつけていたのは、そのためであろう。今回バッジをつけるか外すかは、各自の意志で決めよう、という合意には、やはりある種の決意が込められていると見ていい。もっとも、各自で決めることにしても、全員でバッジをつけるか、全員で外すかしか選択肢はなかったであろう。
 ここで、「日本にとどまると決心をした以上、バッジを着けることは向こう側にも失礼になる」という言葉には、ある配慮が感じられる。「バッジを外すのは、北朝鮮に対して失礼に当たると考えたからであって、決して敵対的な態度をとったわけではない」、という向こう側に対するメッセージのようにも思える。

 被害者のひとりは、はずしたバッジや支給された服をどうするのかという質問に、
『大事にとっておく。服は私のもの。記念にとっておきます』
 と答えたという。たとえ日本人として生きていくことになろうと、彼らがバッジを捨てたりすることは、なかなかできないだろうと思う。
 あるいは、これも北朝鮮側を意識しながらそう答えたのであろうか。「粗末には扱いません」、という。

 産経新聞「5人の胸から「金日成バッジ」消える」という見出しで次のように伝えた。
『北朝鮮による拉致被害者の蓮池薫さん(45)夫妻と地村保志さん(47)夫妻、曽我ひとみさん(43)の5人は19日午前、新潟市内のホテルで全員が胸に「金日成バッジ」を着けずに家族連絡会や支援団体のメンバーらと懇談した。』
 さらに
『5人がバッジを外したことについて中山恭子内閣官房参与は「着けていたくないという素直な感情だと思う。日本に帰国して、国民に支援してもらった感謝の気持ちを表すために外したのでしょう」とした。
 この日午前8時40分すぎにホテル内の一室に顔をそろえ、横田滋さんらと向かい合った5人全員の胸にバッジはなく、拉致問題解決を願う青いリボンだけが着けられていた。
 同席した蓮池さんの兄透さん(47)によると、5人は「バッジを着けてませんね」と話しかけられ、「はい」と答えただけだった。』

 この記事では触れられていないが、下の毎日新聞によると、中山参与は、家族を心配する5人の気持ちに配慮して、初めバッジをつけた方がいいのではないかと勧めたらしい。

 毎日新聞は、『ブルーリボンだけ付け懇談 バッジは外す』として、
『北朝鮮による拉致被害者で新潟市内のホテルでの再会2日目となった5人は19日朝、帰国以来付けていた北朝鮮のバッジを外し、拉致問題解決を願うブルーリボンだけを胸に付けて懇談などに臨んだ。
 バッジは、北朝鮮の国民が付ける「金日成バッジ」。翻る旗の形で、中央に故・金日成主席の顔が描かれており、着用場所は左胸とされている。
 5人は帰国以来、バッジをほとんど外したことはなかったが、日本で家族呼び寄せを待つ決意を示す意味から、バッジを外したとみられる。
 前日の懇談でも5人の側から「外したい」という声が出ていたが、中山恭子内閣官房参与は「家族が北朝鮮にいるので、付けていた方がいいのでは」と語っていた。』

  中山参与の発言も興味深いが、毎日新聞はここでもまた、性懲りもなくバッジについて恵谷治記事を引き写しにしたしょうもないことを書いている。読んで少し呆れてしまった。
  あのねー、ちょっと聞きますけど、毎日新聞社では社員章はどこにつけることになってるの? 左胸なんじゃないの、いちいち指定するまでもなく。金日成バッジだって同じに決まっている。なにが「着用場所は左胸とされている」だ。当然だろ?

 余談だが、毎日新聞10月16日夕刊の記事に、あまりにも衝撃を受けた私は、毎日新聞あてに記事の間違いを指摘し、「詳しくは私のサイトを参照してください」と丁寧に電子メールを送付したが、あれから2か月。いまだにノーアンサーである(12月21日現在)。
 だが今では、つまらないことをしたものだ、と今では心から反省している。むしろ、いいかげんな参考資料を基にした間違いだらけの記事を書いてくれた方が、こちらとしてはネタとしてありがたい
 この調子でがんばって欲しいものだ。

 気を取り直して本題に戻ろう。
 読売新聞では、
『5人は、これまでスーツ姿の際はいつも左胸に付けていた北朝鮮のバッジを全員が外していた。同席した中山恭子内閣官房参与によると、5人は「勝手に自分たちで外しました」と説明したという。また蓮池薫さん(45)の兄、透さん(47)は、5人のうちの1人が「本当は(付けているのが)嫌なんだよね」と話していたことも明かした。』
 「バッジをつけているのが嫌」という理由はなんであろうか。
 理由は複雑かもしれないが、私は以下のような理由を想定する。
1.北朝鮮も金日成のことも嫌いだから
2.周りの人に奇異の目で見られたり、あらぬ誤解を与えたりするから
3.あるいは嫌がらせを受けたり、不快なことを言われたりするから
4.家族や支援してくれる人に配慮したから
5.単にめんどくさいから(けっこうあのバッジは服につけにくいのである)
6.ダサイから
 察するに、ここで語っている被害者の家族は、その理由を「1」と考えているのであろうか。だが私には、2、3、4の理由が最も大きいのではないか思う。自分の気持ちより、新しい環境に参入してきた人にとっては、周りの目のほうが気になるのではないか。

時事通信では、『北朝鮮のバッジ外したのは5人の判断=小泉首相』という小さな記事がちょっと目をひいた。
『小泉純一郎首相は19日昼、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による拉致被害者5人が北朝鮮のバッジを外したことについて、「政府としては家族の意向を踏まえ、永住帰国の前提でやっている。(バッジは)皆さん(5人)の判断ですから」と述べた。5人との面会については「現時点では考えていない」と語った。首相官邸で記者団に答えた。』
 これを読んだ時は、私は思わず笑ってしまった。というのは、われらが首相は、鈴木宗男の不正行為が発覚した時も「議員を辞めるかどうかは本人が決めること」と、ただそのことだけを何度も何度も何度も何度も、バカのひとつ覚えのように繰り返していたことを思い出したからだ。
 ホントに自分の意志や判断を示さない人だなあ!と私は心底感心したものである。それがこの人の政界を泳ぐテクニックなのだろう。だから、何につけてもこういうことしか言えない。無難に乗り切った気でいるのだろう、本人は。だが、実際はなにも言っていないに等しい。
 国家の指導者には、漠とした象徴的な存在ではなく、現実の問題を処理する実力が問われる具体的存在である。その実力に対してぜひを論じるのが民主主義ではないか。などと思うが、これはもちろん私のただの愚痴・・・。 


 2002年後半は、予想もつかないほど、実に北朝鮮ニュースが盛り上がった。
 連日のように金日成バッジについてのニュースが新聞誌上をにぎわし、テレビの映像として流された。このようなことは、これまでなかったことだ。
 緊急掲載として始まったこのシリーズ。2003年もまた金日成バッジがニュースに取りあげられる時が来るのであろうか。
 そして来年こそ、被害者たちが無事日本で家族とともに暮らせるようになることを願ってやまない。

(2002年12月21日)