拉致被害者、ついに帰国・・・を報じた新聞報道総まくり!

 2002年10月15日午後、懸案であった日本人拉致被害者5名が、特別機によって羽田空港へと降り立った。一時帰国という形ながら、実に20数年ぶりの家族との再会である。マスコミ各社が大きく報道したのもまったく当然といえよう。
 飛行機を降りてくる、彼ら5人の胸に輝く小さなバッジが我々の目をひいた。北朝鮮のシンボルともいえる金日成バッジである。どのように報じたのか、10月16日の新聞を検証した。改めて、「バッジ」というこの小さな小道具が、どれほどの憶測、推理を読んだのかということを重く感じる。

 なお、今回かれらのつけていたのは党旗型の金日成バッジ(洋服肖像)であることは写真から確認することができた。その事実を踏まえて、以下を読んでいただきたい。


圧巻は毎日新聞記事!夕刊フジは、恐怖の「識者コメント」が光る!産経はいつもより敵意ひかえめ?

 各紙見てきたが、なんと言ってもすごかったのは毎日新聞の記事(10月16日夕刊)!私は目を疑った。
『一時帰国した5人は左胸に、北朝鮮の国民が付ける「金日成バッジ」を付けていた。バッジ着用は法律で明文化された義務ではないが、全国民がバッジを所持している。党旗章、軍服章、洋服章、人民服章、国旗章―などの種類があり、所属する組織によって着用するバッジが違う。5人のバッジは形態から政府・朝鮮労働党関係者が付ける党旗章とみられる。
 党旗章は翻る旗の形をしており、中央部に故・金日成主席の顔が描かれている。着用位置については右胸が「心臓の上でない」、洋服の襟は「風でひらひらして首領様が酔っ払う」との理由で許されず、左胸のポケットより数センチ上とされる。金日成主席の死後、金正日バッジも作製されたが、着用する人は少ないという。』
でましたっ!恵谷治氏の著作モロ引用記事!なんだか嬉しくなってくるな。
このバッジの「着用部位」については、恵谷氏が「北朝鮮解体新書」という珍妙な著作で紹介した内容(心臓の上につける、襟につけるのもお酔いになるので不可等々という妄説)がそのまま引用されているのだ。このことについてはすでに証拠写真を掲載した上で批判を展開してきたので繰り返さない。
「恵谷治著「北朝鮮解体新書」(1997、小学館)を批判する」をお読みください。

冷静な人なら、今回の5人の帰国者の写真から、浜本富貴恵氏が白い洋服の左襟にしっかり金日成バッジをつけていたのに気がついたであろう。また、先日帰国した寺越武志氏も、帰国後は襟に党旗型バッジをつけている姿を報じられたばかりだ。
 また、ここに列挙されたバッジの種類も、「北朝鮮解体新書」P74に掲載されているバッジの順番そのままだ。見事な引き写し記事である。もちろん恵谷氏の了解は得ているのだろうが、どうして信じる?と思うくらい無批判な態度は、マスコミとしてどうなんだろうと思うくらいすごい。

 それにしても、こういう記事を書く人って、なんでちょっと確認してみようと思わないのか。どうしてこうも無批判に受け入れられるのか、実に不思議でならない。
 なお、金正日バッジについての情報も、恵谷氏の著作の引用と思われる。
 余談ながら、恵谷氏だが、アメリカで起きた同時多発テロ以降、すっかり中東危険地帯ネタに行ってしまったか・・・と寂しく思っていたところだが、一連の北朝鮮ニュースの盛り上がりを受けて、最近はまた北朝鮮に詳しい軍事ジャーナリストとしてテレビにも連日のように登場。著作の方も、またよろしく。期待してますんで・・・。

『胸に金日成バッジ 言葉少なく』
と見出しで一面で報じたのは、やはり産経新聞。さすがである。
『「金日成バッジ」を胸につけた5人は、一様に緊張した面もちで、やや日本語を話しにくい様子』
『胸には「金日成バッジ」、やせて疲れたような感じの人もいる』
『日本人拉致早期救出議連の西村真悟衆院議員は、「みんな金日成のバッジをつけていた。これからだ。家族の対面は本当によかったが・・・(以下略)』

バッジについても微妙に否定的ニュアンスで書かれているように見えるのは気のせいか。気のせいだろうな。

『5人は家族会が被害者全員の帰国を願って着けているのを同じ青いリボンと、北朝鮮のバッジを胸にタラップを降りた』
とは、読売新聞
「北朝鮮のバッジ」というのも何だか曖昧だが、間違いを避けてそのような表現を用いたものかもしれない。

東京新聞は、「精神医学に詳しい高橋紳吾・東邦大学助教授」のコメントを掲載。『「きれいに思想改造にかかっている。かっとうがなく、自分の信念を信じきっていると言う。5人がタラップを下りた時、胸の赤いバッジや朝鮮式のあいさつでそれがわかるとする』
そこまで言っていいのかなあ・・・。また、どうしてそんなことがわかるのか、根拠はよくわからない。
また、「マインドコントロールに詳しい西田公昭・静岡県立大講師」のコメントも掲載。『胸のバッジが興味深い。彼らは北朝鮮からの民間大使で、日朝関係改善の大きな任務についているのではないか」と指摘』
まあそうかもしれないが、若干深読みが過ぎる気もする。

『現れた5人の左胸で、赤地に故・金日成主席の肖像が描かれたバッジが光った』とバッジの具体的様子を伝えたのは朝日新聞
また、「小牧輝夫・国士舘大教授」のコメントとして、『マインドコントロールなどと言われるが、彼らは生きるために社会に順応してきたわけで、社会の習慣である金日成バッジを付けていることなどにあまり深い意味付けをすべきでない』
 中国の文化大革命における毛沢東バッジの意味などを考えても、これが常識的な意見ではないだろうか。
 きっと、多くの人は金日成バッジを見たことがなく、それだからこそいっそう異様に見えてしまうだけじゃないか。私のように、毛沢東バッジや蒋介石バッジや金日成バッジやレーニンバッジやディミトロフバッジやスヘバートルバッジやホーチミンバッジや・・・に囲まれて過ごす男にとっては、過度な深読みは滑稽である。

日本経済新聞は、「李英和・関西大助教授」のコメントとして『北朝鮮では外国人はこうしたバッジを着けてはいけないことになっている。拉致した日本人であると認定しながら5人がバッジを着けているのは、また北朝鮮に戻すという意思表示だろう』
「外国人が金日成バッヂを着けていけない」という情報は初めて聞いた。外国人であっても、熱誠的な主体思想主義者には贈呈されることがあると聞いているが、そのような例外も存在しないのだろうかという点が気になった。寺越武志の母親も党旗型金日成バッジをつけて、寺越氏とともに帰国したことは記憶に新しい。

夕刊フジは、驚くべきコメントを掲載した。「日向野春総・日向野春総精神研究所長」によると、『彼らは自身の強い意志で帰ってきた。胸の金日成バッジを見ても、彼らが北朝鮮で指導的な立場にいることは明らか。無理やり日本に永住帰国をさせるべきではない』
党旗型バッジをつけている人が、指導的立場にいるとは限らない。実際にどのような人が党旗型バッジをつけているか、この人は知っているのだろうか。そもそも、金正日総書記がどのようなバッジをつけているか。あんまりデタラメな本の不正確な情報は鵜呑みにしないほうがよい。党旗型バッジは、世間でいわれているような超高級エリート専用バッジではなく、かなりポピュラーなバッジである。精神研究所の所長もはしてても、北朝鮮情報にはうといようだ。しかし、そんな人が「無理に帰国させるな」などと平然と語り、それが新聞に掲載されてしまうのだから、思えば恐ろしい話だ。

ゲンダイは、『5人全員が胸に朝鮮労働党の赤いバッジを着けていた。北朝鮮の呪縛からは解放されていない証拠だろう』
まあ、党旗型バッジなのだから、党員などの党関係者がつけているのだろうということは想像できるが、「朝鮮労働党の赤いバッジ」というより、「赤い朝鮮労働党旗の形をした金日成バッジ」といったほうがより正確か。


・・・こうして見てみると、この小さなバッジ(幅約29mm高さ約19.5mm厚さ約2.5mmのアルミ製)が、なぜこんなに注目を集めるのか。なぜこんなに違和感があるのか。改めてそのことを考えさせられる。

 バッジは、「自分はこういう者だ」というアイデンティティを表す小道具である。日本の会社や各種組織でも、社員章や会員章などは、服務規程や規約などでかなり厳格に位置づけられ、紛失や他人への譲渡は厳しく戒められているのが普通であろう。なぜか。それは、不正使用というセキュリティ上の問題だけではないはずだ。組織への帰属意識を守るという意味も持っているのである。
 まあ、北朝鮮人がどこに行っても政治指導者の肖像バッジを胸にしているのは、確かに異様である。私はかつて、中国の東北地方のある都市で、初めて金日成バッジを胸にした男性の一団を目にした時、近くでもっと見てみたい、と思ったのと同時に、なんとなく近寄りがたい組織の壁をそこに感じたものだ。
 もっとも、わが国の政治指導者たちも、どこに行っても常に菊のエンブレムの入ったバッジを胸にしているが、言わせてもらえばあれも相当異様である。あんまり指摘する人がいないようだが、あんまり人のことばかりはいえないよな、という気もするのだ。
「天皇家による呪縛」や「天皇制度によるマインドコントロール」などと、他国のマスコミに書かれないことを祈るばかりだ。

 ともあれ、金バッジを巡る報道はまだまだ続きそうである。

(2002年10月16日)
(10月17日一部修正)