拉致事件を巡るニュースに登場した「バッジ」関連報道を検証する
2002年9月17日、小泉純一郎内閣総理大臣の北朝鮮訪問により、一気に加熱した日本人拉致事件を巡る報道。
北朝鮮はこれまでも「拉致問題など存在しない」という態度を一変、拉致事件のあったことを公式に認め、志望者や生存者リストを公表した。そして、生存者の帰国について、現在議論が行われているところである。
新聞1面は拉致事件、北朝鮮関連ニュースが掲載され、そこには金日成バッジについての記述も多く見られた。
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| これが朝鮮労働党旗型の金日成バッジ。左上に金色に光るのは朝鮮労働党徽。 幅29mm高さ19.5mm。アルミ製。最近ニセモノも多いタイプだが、画像はもちろんホンモノ。 人民服型と洋服型がある。洋服型は遠目にも襟元が白いため、人民服型と判別しやすい。 最高級のバッジとされるが、数はかなり多いので本当かどうかはかなり疑問である。 詳しくは当サイトのコレクションコーナーを参照のこと。 |
拉致生存者ビデオについて、一面トップで報じたのは産経新聞(2002年10月4日)。
「胸に北バッジ「今帰れない」」との見出しで、ビデオに登場した拉致被害者の様子に触れ、「いずれもソファに座り胸に北朝鮮市民が着用を義務づけられているバッジをつけた正装姿だった」と紹介した。
「北バッジ」という見慣れない呼称に、さりげない敵意がのぞく。
また、「北朝鮮市民が着用を義務づけられているバッジ」という回りくどい表現も印象的だ。ビデオ自体が公開されていないので判断はできないが、金日成バッジのことを指しているのであろう。新聞側としてはそれが金日成バッジなのか金正日バッジなのかわからなかったため、このような表現にしたものと思われる(産経新聞のこのこだわりについては後述する)。
一方、同日の読売新聞は、「いずれも胸に朝鮮労働党のものと見られるバッジをつけていた」としている。
日本経済新聞でも、「全員胸に朝鮮労働党のものとみられるバッジを付けており・・・(以下略)」と書いた。
このことから、おそらくビデオに登場した人たちがつけていたのは党旗型金日成バッジ(洋服姿肖像)の可能性が高いと思われる。
また、1963年に行方不明になった寺越武志氏が10月3日、日本に一時帰国したニュースも大きく報じられた。
「祖国の土 母と握手」と帰国の様子を報じた東京新聞(10月4日)は、「左胸には故金日成主席の似顔絵が描かれたバッジが光っていた。友枝さんの胸にも同様のバッジがあり、北朝鮮の代表団として来日した息子の立場に気遣いをみせた」。
「似顔絵」という表現には少し驚いた。「似顔絵」じゃなくて、「肖像」を描いたバッジではないと思うが・・・。
だが、母寺越友枝氏が金日成バッジをつけていた経緯を示すあたりは丁寧で、私としてはナゾが解けた気分であった。写真を見る限り、武志氏がつけていたのは円型のバッジ、友枝氏がつけていたのは、党旗型金日成バッジと見受けられた。
産経新聞(10月4日)も「寺越さん39年ぶり帰国」を報じた。
「寺越さんは、金正日総書記とみられるバッジを胸につけた紺のスーツ姿」「故金日成主席のバッジをスーツの胸につけた母親の友枝さんと再会、ようやく笑顔をみせた」。
ここで気になるのは、産経新聞はバッジの種類に関して、他紙よりもこだわりを見せている点だ。寺越氏本人がつけていたのは「金正日総書記とみられるバッジ」、母親のは「故金日成主席のバッジ」。上にも書いたように、拉致被害者のつけていたのは「北朝鮮市民が着用を義務づけられているバッジ」、などと細かい。
ここで寺越氏のつけていたバッジについて確認する必要があるだろう。アップ画像がないのが惜しいが、円型で白地のバッジであった。私見ながら、このタイプの金正日バッジは確認されていないとおもわれるので、バッジの正体については、産経新聞の金正日バッジ説よりも、東京新聞の金日成バッジ説に軍配をあげたいと思う。
今後もまだまだ北朝鮮に関する報道は続くことであろう。その中に登場するバッジについては、当サイトではこれからも取りあげていきたい。
(2002年10月5日)