東シナ海不審船(北朝鮮工作船)から発見された金日成バッジについて(その2)
〜船の科学館における工作船一般公開〜

工作船の様子。船体右後方から前方にかけての画像。
画面左上方に、巡視船の銃撃による弾痕が無数に見える。
第2会場に展示された武器の展示。木製の銃床などはすでに虫に食い荒らされ、ボロボロになっていた。
なお、実包(銃弾)はすべて雷管部がつぶされ、安全処理済みだった。


今回展示されていた金日成バッジ。
丁寧にも、拡大写真と実物を虫眼鏡で拡大して見られるようになっている。長時間海水に浸かっていたせいか、全体にくすみ、汚れというかサビのようなものが浮いている。
これが工作船から発見されたのと同じ金日成バッジ。
正確な大きさは縦横16.2mm。

 2001年12月22日に東シナ海で発生した不審船事件。沈没した船体を2002年9月に引き上げて捜索したところ、船内から数々の遺留品を発見、北朝鮮の工作船と断定されることとなった。引き上げ後、鹿児島市の民間ドックで捜索されたあと、東京お台場の「船の科学館」に移され、2003年5月31日から一般公開となった。
 さて、このコーナーでも以前紹介したとおり、この工作船からひとつの「金日成バッジ」が発見されたのである(緊急掲載! 東シナ海不審船(北朝鮮工作船)から発見された金日成バッジについて」を参照)。工作船の一般公開にあわせて、数々の遺留品とともにこのバッジが展示されているという情報を得て、行ってきました東京お台場。・・・
 まさかあの船が、東京でサラシモノになろうとは思ってもいなかった。すごい展開だ。

 北朝鮮問題の関心の高さを反映してか、公開開始直後の休日には1時間待ちの行列もでき、公開から10日で見学者数は10万人を突破したという。驚くべき反響といっていい。
 休日は混雑が予想されたので、行ったのは6月9日(月)。行列には並んだものの、さほど混雑もなく、さらに「写真撮影は自由」とのことで、バシバシと写真を撮りまくることができたのであった。

 会場は2つに別れており、第1会場では野外に設置された工作船の本体(小型ボート含む)を、第2会場(別館羊蹄丸3階ギャラリー)では室内に置かれた船内からの遺留品(武器類含む)を見ることができる。観光バスも数台止まっており、バスから降りた観光客がドヤドヤと工作船見物をしていった。
 思えば、かなり大胆な、というか従来にない措置だと思う。一般公開、しかも「船の科学館」で、だ。当局の強い意志が察せられる。ちなみに、会場では工作船は無料で見られる上、写真撮影はまったくフリー。雑踏警備係も「写真撮影はご自由にしていただいてけっこうです!」とわざわざ大声で指示してくれた。さらに「工作船の全て」という見開き4ページのオールカラー刷りチラシももらえる(事件の経緯、工作船の全貌などがわかりやすく写真入りで説明されており、完成度は高い)。実に行き届いたサービスだ。

 工作船の船体は全長30m。高速航行に適した鋭いV字型の船形。エンジン4基を搭載し、時速約60kmの高速が出せたという。すでに船体の塗装はかなり剥げ落ち、かなり傷んだ印象であった。引き揚げ時の写真を見ると、まだ比較的青い塗装を全体に保っていたことから、引き揚げ後サビや腐食を生じたことによる傷みではないかと思われた。
 なかでも生々しかったのが船体の各所にあいた銃痕で、船首近くと船尾部分に無数に確認できた。巡視艇「あまみ」の20mm機関砲の弾は、易々と船体ごと貫通していた。自爆による破穴部も見られた。

 さて、余談が過ぎた。肝心のバッジである。これを見るためにここまではるばる来たのだ。
 第2会場に、それは展示されていた。
 当初「北朝鮮のものと思われる不審船」とされていた船舶が、「北朝鮮の工作船」と断定された経緯について、パンフレットでは次のように説明している。
回収した船体その他の多数の証拠物を分析した結果、@小型舟艇等が過去に北朝鮮のものと特定されたものと同じ特徴を有していたこと、A「金日成バッジ」が発見されたこと、Bたばこ、菓子袋など北朝鮮製のものが多数発見されたこと、C武器類の中に、北朝鮮を示す○に☆(丸に星)マークのついたものがあったことなど、これまでに判明したさまざまな事実から総合的に判断して、10月4日、政府は、この船舶が北朝鮮の工作船であると特定しました。
 数々の遺留品の中で、このバッジもこの船が北朝鮮のものと断定される決め手となったのであった。
 まじまじとバッジを眺めていた私に、周囲の見学者の感想が聞こえてきた。
「えー、なにこれ、小さーい」
「なんか安っぽいねえ」
「うわ、ちゃちいなー!」

 まあ無理もない反応だといえよう。90mの海底から揚げられたバッジは、普通の状態のバッジよりも、さらにずっと安っぽくちゃちに見えた。実際、ほとんどの見学者にとって金日成バッジを見るのが初めてのことであろう。彼らにとっては、「金日成バッジ=安っぽくてちっちゃくてつまらないモノ」という意識が植え付けられたであろう。まあ、それはそのとおりかもしれないが。
 だがあえてコレクターに言わせてもらえば、このバッジは数ある金日成バッジの中でも大量に出回っているもので希少性はまったくなく、かつデザインも陳腐で面白味に欠け、コレクション価値の低い種類に属する。
 そういえば、このバッジが発見されたとき、「関係者によると、「金日成バッジ」には階級などにより多数の種類があり、海保では所有者の身分の特定などを進める。(読売新聞)」という報道があって、その無知蒙昧なコメントにいささかのけ反ってしまったものだが、どうなったのだろうか。一体どういう結論が得られたのか知りたいものである。

 思えば、この事件の後、日朝首脳会談と、その成果による拉致被害者の帰国、拉致問題に関する国民的問題意識の高まり、と日本と北朝鮮の関係は劇的な展開を見せることとなる。何がどうなるか、まったくわかってものではないな・・・と感慨深い気分に囚われながら、私は海からあがってきたバッジを眺めていたものである。

 なお、船の科学館では2003年9月30日まで公開が予定されているが、その後の行き先は全く不明だそうである。長時間海水に浸かっていたため、野外での長時間の公開には耐えられないという。だが、施設を作るには数億円から資金を要することもあり、引き取り手がなければ廃棄処分もあり得るという。
(いっそのこと、バラバラにしてパーツを売りに出すというアイデアはどうだろう?)
 船は廃棄処分になろうとも、バッジまでは廃棄されまい。一体、このバッジの運命やいかに・・・。

(2003年6月9日)