続・惠谷治著作批判 
「金正日非公認情報 ー反乱する北朝鮮ー」(1998、徳間文庫)


「金正日非公認情報」表紙

 「北朝鮮解体新書」で我々を大いに笑わせてくれた惠谷治氏。彼が満を持して発表したのがこの本、「金正日非公認情報 −反乱する北朝鮮−」である。「解体新書」といい、「金正日非公認情報」といい、いかにもウサンくさそうなタイトルからも著者の北朝鮮に対するスタンスがうかがえる。
 とにかく、ホントかよオイ!とビックリするような情報が満載の一冊だ。「非公認情報」というより、正直に「未確認情報」にしたほうが良かったんじゃ・・・と思うんだが。とにかく全体的に信憑性ゼロの伝聞情報の連発が読者を圧倒する。
 まあ、未知との出会いというのは読書の大きな魅力であって、その点では全く不満はない。ご一読いただくのもいいだろう。もっとも、信頼できるかどうかは別問題だ。まあ、まさか丸ごと信じるヤツもいねえだろうしな、580円(消費税込み)捨てたと思って読んでみるのもいいんじゃないか。
 蛇足ながら初めてこの本を読んだとき、あまりのしょうもなさにムカついて捨ててしまい、今回批判の俎上に載せるために改めて購入してしまった。・・・アホかオレは。

序章「姜一族の物語」(p14〜34)
 ここは金バッヂサイトなので、その点について集中的に検証していくことにするが、まず驚かされるのはそのオープニングだ。不覚にも私も度肝をぬかれてしまったが、ぜひここに紹介させてもらおう。それだけの価値はあるはずだ。
 ・・・あるカップルが、ささやかながら幸福な婚礼を挙げるシーンから始まる。時は1994年2月10日。逼迫する国家経済状態を反映して、式も簡素でごくあじけない。が、それでも新たな門出を迎える若いふたりの笑顔は、幸福に光り輝いている。主人公?の新郎の父親も、一人息子の晴れ舞台に大いに満足を覚えている。しかも花嫁は父親が自ら見つけた美女なのだ。
 ところが、そんな幸福もつかの間。式の翌日には新郎が父親に訴える。「あの女とは共に暮らせない、離婚したい」。驚いた父親が理由を尋ねても、息子は口を閉ざすばかり。ようやく理由を聞き出すと、新婦が初夜の床で新郎の体の上に乗りかかってきたという。「遊び慣れている女なんて冗談じゃない!」と新郎は驚き、大いに怒った。彼女は平壌出身だった。そうだ、彼女は「キップムジョ(悦び組)」だったに違いない、そんな女はイヤだ、と新郎はいう。結局双方の家で問題となり、医者の診断により新婦がれっきとした処女だということが判明する。
 キップムジョ(悦び組)。党幹部などに性的に奉仕する女性たちのことで、新郎は性知識に乏しい新婦のことをそれに違いないと誤解したのだった。

 と、ここまで読んで、へええ、なんだかスゲエ話だなあ、などと素直に感心していると、読者はバッサリ一刀両断にされる。
 「以上の話はフィクションである」(p32)。
 えっ・・・フィクション!? 絶句。作り話なのかよこれ!驚きに震えながら読み進めると、ロシアに亡命している北朝鮮の作家との話の中でこのモチーフを聞いたのだそうだ。
 私はこの「序章」だけで、もう先を読む気力を失うとともに、このような本を買ってしまったわが不明を恥じたものだ。なんぼなんでも、ひどすぎない?
 せめて、「ロシアに亡命中の北朝鮮作家」から聞いたとおりに正確に記述しろよ!と思う。アンタの作り話を求めている読者なんていねえんだよ。アンタ、マジでジャーナリストなのかよ!?・・・と心の内で叫んだものであった。

 著者もさすがに気が引けたのか、序章の終わりには次のように記している。
「ジャーナリストがフィクションを書くのは邪道かもしれないが、北朝鮮の庶民生活の伝える方法として、亡命作家のモチーフを活用させてもらった」。
 あーそうですか。はいはい。

「全国民が階級章代わりの金日成バッジを着用」(p78〜81)
 「北朝鮮解体新書」と内容的にはかなり重複している。が、この本の方が新しいので、「解体新書」と微妙に異なる記述は、新たな情報を追加したものと判断させてもらう。また、少ないながらもこれまでにはなかった新しい記述も見られるので、改めてイジワルに突っこんでみたいと思う。

 まず、「北朝鮮には、私たちから見ると特殊な用語が多い」という。例えば、北朝鮮の「国防省」は「人民武力部」、経済計画で「目標を達成する」ことを「高地を占領する」、建設現場に投入される労働者集団は「突撃隊」という、等々。
 まあここまではよしとしよう。
 が、「国民生活の中で軍隊式の階級を象徴しているのが、金日成バッジである。金日成バッジは北朝鮮では「肖像バッジ」という」とあるのだが、なんだこりゃ?「肖像バッジ」という言い方は、果たしてそのように特殊な用語なのだろうか?
 例えば、中国語では、一般的なバッジは「徽章」、その性格によっては「記念章」や「証章」などであり、人の肖像の入ったバッヂは「像章」という。「像」、とは肖像を意味し、「章」、はこの場合バッヂである。一般には、今の中国で特に説明なく「像章」と言えば毛沢東バッヂをイメージするが、毛沢東バッヂだけを指す単語ではない。レーニンであろうと、蒋介石であろうと、もちろん金日成であろうと、誰であれ人の肖像が入ったバッヂはすべて「像章」なのである。北朝鮮の「肖像バッジ」も、中国語に由来する語であることは容易に想像される。
 別に特殊な用語でもなんでもねえって。著者が知らないだけで

 よくわからない部分もある。
 「金日成バッジには、いろいろな種類がある・・・(中略)北朝鮮では肖像バッジは、一般社会における軍隊の階級章や兵科章のようなものなのである
 としながらも、その後に
 「形はバッジが作られた時期ときっかけにより異なり、まれには職場の地域によって異なる。そして皆がいろいろな形のバッジを持っているため、バッジを見てその人がどこで何をしている人か正確にはわからない。例えば労働者が、軍隊にいた頃や大学時代にもらったバッジを付けることもあり、大学生も普通の人の付けるバッジを付けたりする『平壌の我慢強い庶民たち』より引用」というまったく逆の内容の引用を紹介しているので、読者は混乱するばかりだ(私見ながら、この引用の記述のほうが現実に近いと思われる)。
 同一人物が複数の異なるバッヂを所有しており、それゆえバッヂによって何をしている人か判断することはできないという引用と、「一般社会における軍隊の階級章や兵科章のようなものなのである」という著者の記述は全く矛盾している。なんでこのように相反する引用をあえて使うんだろう・・・。

 本書のバッヂのタイプについての記述は、ほぼ「北朝鮮解体新書」と同じだ。微妙に異なる記述は、「解体新書」の加筆修正と見て良かろう。また、今回は画像がないため、バッヂの形についても記述されている。

「人民服バッジ(円型の肖像の下に月桂樹の縁がある)=労働者や農民など一般市民が着用。北朝鮮内で一般外国人が入手可能な唯一のバッジ」
なお、「解体新書」では、
人民服章「労働者や農民など、一般市民が着用。一般外国人が入手可能な唯一のバッジ」
と書かれていた。
「一般外国人が入手可能な唯一のバッジ」 → 「北朝鮮国内で一般外国人が入手可能な唯一のバッジ」へ表現が変更されていることがわかる。
 さすがに著者も「解体新書」の記述があまりにも曖昧で意味不明なことに気づいたらしく、「北朝鮮国内で」という断りを入れたようだ。おかげで意味はようやく通るようになった。
 北朝鮮国内で、一般外国人が、入手できる、唯一の。「一般外国人が」、と断っていることから、北朝鮮を訪れた外国人には、記念品のように誰でも購入できるのであろう。「北朝鮮に行っても金日成バッヂは買えるけど、人民服バッヂしか手には入りませんよ」、という意味なのだろうな。でもホントかな?
もうひとつ問題がある。人民服バッジの形状についての説明だ。
「円型の肖像の下に月桂樹の縁がある」
たしかに、そういうのもある(月桂樹飾り付きバッヂの例)。が、より一般的なのは月桂樹ではなく、国花であるモクレンの飾りが付いたもの(モクレン飾り付きバッヂの例)ではないかと思われるのだがどうだろう。すくなくとも、人民服バッヂ=月桂樹の飾り付き、という説明はハッキリと間違っていると言わなければならない。

もうひとつ例を挙げよう。
「洋服バッジ(円型バッジと同じ形だが、背広姿の肖像で小型)=対外貿易担当者たちが着用」
これも「解体新書」では、
洋服章「対外関係の担当者たちが着用」
となっており、「対外関係の担当者」というよくわからない言葉から、「対外貿易担当者」へ、わかりやすい表現に変わっている。もっとも、洋服バッヂは今や最も一般的に見ることのできるバッヂであり、果たして「対外貿易担当者」用なのか大いに疑問である。それから、「円型バッジと同じ形だが」というのはどういう意味?単に円型のバッヂ、という意味か?

 最後に本書の著者紹介。

「惠谷治(えや・おさむ)
 1949年東京生まれ広島育ち。フォトジャーナリストとして、世界の危険地帯を果敢に取材レポートしてきた。北朝鮮情勢については、日本で最も信頼できるジャーナリスト

 あーそうですか。はいはい。もはや何も言うまい。この調子で今後もがんばってくださいな。
 それにしても、この著者紹介の部分って、一体誰が書くんだろうなあ。たぶん本人ではないと思うけど。本当にこの本を読んだ上でこんなこと書いているのか?いや、もうこれ以上は言うまい言うまい・・・

 だんだん、本サイトも「金日成バッヂの世界」から「惠谷治ファンサイト」化してきたが、これからも彼の著作には大いに注目だ。